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「旅」とは

 

 

 

みなさんこんにちは!SORAです。

毎週金曜日の更新と公言したにも関わらず

既に現在時計の針は土曜日の午前1時を廻っています。

しかし、僕にとってはまだ”金曜日の深夜”なので今日もブログを更新します。

 

前回は、「留学」について書きましたので今回は「旅」について書きたいと思います。

 

 

 

 

 

 【楽しい人生は旅から始まる】

 

 

ではまず、僕が旅に出たきっかけを書きたいと思います。

 

 

 

僕が旅に出る事を決めたのは、アイルランドに留学してまだ2ヶ月弱しか経ってなかった時でした。当時僕は、色々な事に悩んでいました。

 

 

ひとつは、自分の目指す英語力の向上のレベルについて。

周りの人達は、「◯◯試験に受かるため」、「就職する為に必要だから」、「大学に行く為に」など、明確な基準のある目標を持って勉強している人達がたくさんいました。

それに比べ、僕の目標は敢えて言うなら、「友達をたくさん作りたい。」

「もっとちゃんと喋られるようになりたい。」など、曖昧なものでした。

 

生活する分には支障はないし、その時は既に自分の伝えたい事を相手に伝える事が

出来るくらいには英語にも慣れていたし。

加えて、学校に行くなかで僕は「ここにもう半年いても僕の英語力に

”大幅な成長”はないと感じていました。

 

二つ目に考えていた事は、「お金」です。

今回留学の費用から旅の費用まで全て出してくれたのは父親でした。

僕が高校生の頃、”大学に通わせてあげられる分のお金は用意しといてある”と

話されました。僕は当初は「パティシエになる為に製菓の専門学校に行く。」

と考えていましたが結局専門学校に進まないと決めてから僕は「留学」

を決めました。しかし、「留学」にかかる費用とは莫大なもの。

4年制の大学に通えるくらいのお金を、たった1年でほぼ使うのです。

留学を決める前からそんなことはわかっていたのですが、実際に生活が始まると

毎日毎日その日自分が使ったお金を精算し、財布とにらめっこしていました。

こんなに使っていいのか。本当にこのお金は必要か。どうやったらひと月に

使うお金をもっと減らせるようになるのか、とか。

初めて使う大きなお金に、ビビっていました。

こんなにお金をつぎ込んで、得る物が大した物じゃなかったらどうしよう。

アイルランドでの半年の生活が終わった後、イギリスに行き留学するには

お金がかかりすぎるし、アイルランドに残って仕事を探しても

もし見つからなかったらただただ”消費”の生活が続くだけだ、とか。

 

 

 

 

 

僕は、悩んでいる事を全て父親に打ち明けました。

お金の使い方がわからないこと。アイルランドでの半年の語学学校生活が

終わった後自分は何をするか。迷ってる選択肢をそのまま伝えました。

 

 

 

 

 

数日後、父親から返信がありました。

 

 

 

 

 

 

メールの一部を引用します。

 

 

 

「生活はあるものである、するものではない。

10万円しかなければ、10万円の生活があり

100万円あれば、100万円の生活がある。

どちらが正しいかは分からない。

 

 

 

迷った時には原点に立ち戻れ、自分は何をしたいか、何を望んでここに来たのか。

 

 

それをする条件は何か。お金か。お金ならある。

いくらまでなら使っていいと言ってある。

金は使う為にある。貯めるためでも、残すためでもない。

 

 

 

今いちばん貴重なのは時間だ。

こんなに長期間海外に行くことはもうないかも知れない。

それもほぼ白紙の状態で。それを活かさないでどうする。

金をケチるな。ケチると金に支配されるぞ。

腹をくくれ。腹をくくって使って来い。無駄金には絶対ならない。

それでも足りなかったら、空くんの貯金もある。

お母さんやおじいちゃんの残してくれた分もある。いつでも送ってあげる。

 

 

 

 

 

楽しい人生は旅から始まる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕はこの父からのメッセージを読んだ時に決めました。

 

 

『旅に出る。』

 

 

 

 

 

それが僕がその時に出来た、一番の時間の有効活用であり、

自分が一番したかった事でもありました。

 

 

 

 

 

こうして僕は、「旅」に行く事を決めたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【「旅」のはじまり】

 

 

 

 

旅を始めるときは、わくわくした気持ちと、不安な気持ちで

頭の中がいっぱいでした。最初に行った国はスコットランド

 

 

アイルランドと同じ英語圏なのに何を言ってるか全く聞き取れない事が

多々あり、”英語”という言語の面白さを感じました。

 

そこからイギリスへと南下し、フランス、スペイン(バルセロナ)を

一人で歩きました。フランスではお菓子やパンを食べ歩き、

カウチサーフィンというものを試し、現地に住む人の家に無料で泊まらせてもらい

面白い文化の違いや考え方に触れました。

最初は新しい気付きや発見の連続で興奮しましたが、

次第に”物足りなさ”を感じていきました。

 

 

 

スペインの後、語学学校で仲良くなった日本人の女の子と韓国人の男の子と

3人でアフリカに行きました。南アフリカナミビアレソトナミビアボツワナ

「旅」の楽しさが再び、”加速”していくのを感じました。

きっとそれは、見た事もない壮大な自然や動物たち、

日本やヨーロッパとは大きく異なる文化、生活の仕方などに刺激を受けたから、

というのもあると思うのですが、それ以上に

「誰かと幸せを共有する時間があったから。」

だと僕は思います。

 

 

 

 

たった2週間半程のアフリカ旅を終えその二人と解散した後は、モロッコに行きました。初めて行くイスラム教の国の人の生活、食文化、宗教的、非宗教的な考え方の

日本との違いに興味が大いに湧き、それらをカウチサーフィンを通して知り合った

現地の人たちと触れ合う事でよく知る事が出来ました。

モロッコは久しぶりに多くの日本人旅行者とも出逢い、今でも日本で時々会う程の

仲になった人達の多くはモロッコで会いました。

気がついたら一ヶ月が経っていました。

 

 

その後はヨーロッパに戻り、アイルランド、アメリカの留学の時に仲良くなった

友達に会いに行きながらヨーロッパを旅しまた。

その友達が普段どんな生活をしているのかを見るのも楽しかったですし、

やはりその人の家に招かれて、その人の友達や家族に会うなかで

街を”観光”しているだけでは経験出来ないようなこともたくさん出来ました。

何より、「もう会えないかもしれない」と思っていた友達に会えたのは

本当に嬉しかったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後2月に入ると、僕はネパールに行きました。

理由は二つ。一つは、昨年の4月にネパールで大地震があったこと。

それがずっと気がかりで、当時何も行動に起こす事が出来なかった

僕には絶好のチャンンスでした。ネパールに行くなら今しかないと思いました。

二つ目は、父親の思い出の地であった事。

父は山登りが大好きで、ネパールも若い頃ヒラヤマの山に登りに行ったことがあるらしく、トレッキング(山歩き)もしたと知っていました。

父親の通った道を歩いてみたい。

その思いが、一番強かったです。

実際に2週間のトレッキングに行き、それも父親と同じ山をほぼ同じルートで。

父親だけじゃなく、世界中の多くの人がネパールに魅了される理由が分かりました。

 

 

 

 

最後の国はインド。

50日間の滞在では余りにも足りなかった。そう思った国でした。

インドは、行ったら”大好き”か”大嫌い”になるのどちらかしかないと耳にしていました。

僕は前者でした。ウザい、汚い、暑い。これだけ聞くと最悪な国に聞こえますが

実はその中にたくさんの”優しさ”や”面白さ”が溢れていて、

不自由なことばっかの国だけど、それら全てが「旅」の楽しさを倍増させてくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰国を決めた夜、僕は今までの1年を振り返りました。

留学を決めてみて、実際に行き、

思い描いていた事とは全く違う流れの連続で、

時に疲れる事もあったけど

それら全部が「あってよかった」と思える経験であって良かった。

 

「旅」に行くを決めて、その時も実際に旅に出たときは

思い描いていたことと違う事ばかりでした。

 

 

 

「旅」って響きが何となくかっこ良く感じていたけど

実際に出てみてほとんんどの時間で考える事は、”孤独”。

ひとりで旅に出ると言うことは、何か素敵な景色を見たときや

美味しいものを食べた時にそれらを感じている時間を共有する時間がないということ。

 

 

『Happiness is only real when shared. -幸せとは、それを誰かと分かち合えたときのみ

それが現実となる。』

 

 

 

「Into the wild」という映画に出てくるお気に入りのセリフで、僕が今回

一人旅をするにあたっての、考え続けたテーマでもありました。

 

 

 

一人の時間はさみしい事が多かったけど、

そのおかげで自分の”考える時間”が膨大に増えました。

自分が何をしたいか

何が好きか

この先の将来は、今流れ行くこの時間は

いったい何をするべきなのか。

 

 

答えの無い自問自答をずっとしていたのです。そのおかげで見えたものもありました。

 

 

 

 

 

そして、一番大きかった事は、色々な人に出逢う事が多かったと。

一人でいたら、自分から声をかけたりコミュニケーションを取りに行くしか

本当に”独り”になってしまうのです。だから、自然と積極的に人と関わろう

という気持ちになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【「旅」とは】

 

 

旅を終えて、一つ僕の中で結論づいたことがあります。それは、

 

 

「旅」とは、誰かと「出逢う」ことである。 

 

 

ということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ観光をしても、”あんな綺麗な景色を見た”とか、”こんなに美味しいものを食べた”

くらいの思い出しかありません。それより、

こんな人に出逢い、こんな事を喋った。こんな面白い事をした。知った。教えた。

僕の今回の一人旅をしていた時にずっと考え続けていたテーマでもあるように

人が「幸せ」って感じる時にはいつも、そこに「人」がいるような気がします。

だからこそ、「旅」って、その行き先での「出逢い」だと思うし、

『人生そのものが旅。」ってのはその通りだと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この一年間、ずっと走り続けてきた。

帰ってきた今も、走り続けています。

 

やってみなきゃわからない。

 

この言葉を、本当に肌で強く感じました。

 

 

 

 

 

 

 

 

これからも、今のキラキラした自分の衝動を抑えることなく

走り続けたいと思います。

 

 

 

 

 

それと、一年間を終え、一番感謝したいのは親の存在です。

今まで、自分のやりたい事を何でもやらせてもらってきました。

中学の進路も、高校の進路も、留学に行きたいと言ったときも、旅に出たいと言ったときも、一度も反対される事はありませんでした。

 

 

僕の家は、早くにお母さんが他界し小さい僕と二つ上の姉を

男手一つで育ててくれました。仕事をし、家事もして、学校にも行かせてくれたし

美味しいご飯を食べさせてくれました。

 

”尊敬できる人は?”と聞かれたら真っ先に父親の顔が浮かびます。

そんな風に思える父親を持てた事を本当に嬉しく思いますし、

そんな父親と結婚し、僕と姉を生んでくれ、亡くなった今も見えない形で

姿を残す母親にも感謝の一言では表せない気持ちでいっぱいです。

 

 

 

 

そして、実は自分が今回旅に出たもう一つの理由があります。

 

僕が悩みを打ち明け、それに対し返ってきた父親からのメールの最後に

 

楽しい人生は始まる。

 

という一文がありました。

 

そしてその後にさり気なく添えられた父の言葉

 

「お父さんもお母さんともっと旅をしたかったな。」

 

この言葉が僕を大きく動かしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでこの言葉が、と聞かれると上手く答えられません、今は。

悲しくて切なくもあったのですが、同時に優しい気持ちにもなったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は、こんな終わり方をします。

何を伝えたかったのか、よくわからないかもしれない文章になってしまいましたが

僕の中では、書ききりました。

 

 

次から、何を書けばいいのか少し分からないくらいです(笑)

普通の日記みたいになるかもしれないですが、

そもそも僕が書きたいと思う事ってそういった”日常”の連続のなかで

感じるものなので、それもアリかなと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生初の砂漠に大興奮で片付ける駆け抜ける少年(僕)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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おしまい